「珍しいな。お前が私の部屋に来るなんて。」 「まぁな~。これが無ければ来なかったな。」 革張りのソファにどさりと腰掛け、目の前のテーブルに酒瓶を置く。 「アンタの好みの酒だろ?」 「…よく覚えていたな。」 「そりゃ~、我らが炎帝マルクスの好物を忘れるわけねぇだろ?」 いつも通りニンマリと笑ってやれば、あいつもいつも通り小さく頷いて俺を見る。 「ちょうど仕事が一段落した所だ。頂こう。」 「そうこなくちゃ。」 そう、そうこなくちゃ。 わざわざ手に入れるのが面倒な酒を手に入れて、 マルクスの仕事が終わる頃合いを見計らって、 城内の人間が寝静まった深夜に、部屋にまで来たんだ。 コイツが断るはずがない。 グラスに注がれる琥珀色を眺めながら、笑みを深くする。 「…お前も、この酒は好きだったか?」 「ん?俺はアンタが好きな物はなんだって好きだぜ?」 「そうか。」 「アンタが嫌いな物はなんだって嫌いだ。」 「そうか。」 相変わらず素っ気ない返事。 いつだってそうだ。 こんなにも近くにいるのに、コイツは俺の真意に気付こうともしない。 ………あるいは、全てを知った上で、俺をあしらっているのかも。 だとしたら実に愉快。 大陸一の天才・ゼリグを弄ぶ、大陸一の皇帝・マルクス。 実に素晴らしい響きだ。 小一時間程、他愛のない話題を語り合って、俺の持ってきた酒瓶は空になった。 それでも未だグラスが空にならないのは、マルクスのワインセラーのお陰。 俺は何杯目か分からない酒を飲み干して、背もたれにしなだれた。 「酔ったのか?」 「ははは、酔ったかもしんねぇ。」 頭をひねると、解いた長い髪が顔にかかる。 この仕草が色っぽいなんて言ってたのはどの男だったっけ? 緑色の将軍だったか、異国の傭兵だったか、飛竜遣いの兵士だったか… 当然だ。狙ってやってやったんだから。 髪の合間からマルクスを窺うと、グラスの酒を飲みほしたところだった。 俺の方は見もしない。 自然と喉の奥から自嘲が込み上げてきた。 「大丈夫か。」 マルクスの手が俺の髪をかき上げて、額に触れた。 意外な行動にすこし驚く。 「顔が赤いな、珍しい。呑ませすぎたか?」 大きな手が俺の頬に移動する。あつい。 かちりと目があった先には、いつも通りの無表情な顔。 あぁ、やばい。我慢できねぇ。 「…酔ったかも。アンタに。」 顔をずらしてマルクスの掌をべろりと舐め上げた。 マルクスの表情が僅かに歪む。 「すげぇ熱い。なぁ、どうしてくれる?」 手に手を重ねて問い掛ける。 マルクスの顔が更に険しくなる。 「なぁ、―――」 早く、応えろ。 緑色の将軍も、異国の傭兵も、飛竜遣いの兵士も、みんな落ちた。 だからアンタも早く落ちてこい。 |