Catch Me If You Can !  - 1 -



バルザックは珍しく躊躇していた。
目の前の扉を開けることで、知らないほうがいい事実を知ってしまいそうな気がしたからだ。



数分前までバルザックは、上司に始末書を提出するために本部に向かっていた。
所属が違うため、本部に来るのは久しぶりであった。
相変わらず豪奢な建物だ、と見上げた窓に、見覚えのある姿が立っていた。
背を向けているので顔は見えないが、恐らく、アイザイア・ミゴルだ。
彼は攻略大隊隊長であり、普段はバルザックと同じ庁舎にいる。
そのため本部にいるのは珍しい。

何気なくその後ろ姿を見ていると、誰かが彼に近づいてくるように見えた。
それを避けるように、彼が振り返る。
その横顔に、あぁやっぱりアイザイアかと一人納得する。
一瞬目が合ったような気がしたが、アイザイアはまた窓から顔を背けた。
そして、まるで座り込むように下方向にフェードアウトした。
アイザイアの姿が消えたことで、彼の向かいに立っていた人物の顔が見えた。
「…は?」
思わずバルザックは立ち止った。
その男は今バルザックが会いに行こうとしている大佐で、アイザイアとは絶対に繋がらないであろう人物だったからだ。
大佐は攻略作戦の反対派であり、特に隊長であるアイザイアを目の敵にしていた。
彼らが同じ部屋にいるなんてありえない。
大佐は窓の外のバルザックに気づいていないようで、足元を見ながら微笑するように口元を歪めた。
恐らく座り込んだアイザイアに話しかけているんだろう。
ややあって、大佐も座り込むようにフェードアウトした。
窓には誰の姿も見えなくなった。



バルザックはもやもやと悩みながら、足取りも重く本部内を進んでいた。
大佐とアイザイアが二人でいる場面など想像がつかない。
しかも会話の様子から察するに言い争いをしていたようでもない。
不可解としか言いようがなかった。
大佐の執務室まで辿りついても、バルザックは悩んだままだった。
今自分はこの部屋に入ってもいいのだろうか。
もしかしたらアイザイアは、他人の目を盗んで大佐と会っているのではないか。

たっぷり時間をかけて悩みながらも、始末書を渡さなければならないと思いなおし、扉をノックした。
すぐに返事をされ、入るよう促される。
扉を開けると、大佐と、やはり予想通りアイザイアがいた。
しかし今度のアイザイアは窓に顔を向け扉に背を向けるように立っていた。
「…大佐、例の始末書を持ってきた。」
「あぁそうか、ご苦労。」
始末書を斜め読みし、もう行っていいぞと手で示される。
「ミゴル少佐、君もご苦労だったな。もう良い。」
「はい。大佐、例の件は…」
「また改めて連絡する。」
「わかりました。失礼します。」
アイザイアは俯き気味にバルザックの横を通り、さっさと退室してしまった。
慌てて、バルザックも後に続いて退室した。


廊下を歩くアイザイアにはすぐに追いついた。
「アンタが本部にいるのも珍しいな。」
「貴方こそ。今度は何を壊したんですか。」
「失礼だな。大したもんじゃねぇよ。」
「わざわざ始末書を書かされる位ですから、相当でしょう。」
「アンタこそ、意外だぜ。あの大佐と会ってるなんて。」
「そうでしょうか。」
「何話してたんだ?」
「何でもありませんよ。」
「外からちらっと見えたけど、何か深刻そうな話なのか?アンタ急に座り込んでたみたいだったし。」
ふいに、アイザイアが立ち止まった。後ろを歩いていたバルザックもつられて立ち止る。
ゆっくり振り返ったアイザイアはあからさまに怒った顔をしていた。
「貴方には関係ないことです。オクスク少佐。」
じろりと一睨みし、アイザイアは足早に立ち去った。
その反応から想像以上に怒りを感じ、バルザックはその場で立ち尽くすしかなかった。
一体彼らは何を話していたのか、何をしていたのか、
そればかりが頭の中を回っていた。






「珍しいね。あの大佐とアイザイアが会ってるなんて。」
ランチタイムに、バルザックはアイザイアの事をザザルに話した。
「だろ?おかしいよな。どう思う?」
「そうだな…簡単に言うと『お』だなぁ。」
「『お』?」
「同じ軍にいる以上会わない事はないと思うけど明らかに部署も仕事も違うし何より大佐は攻略作戦反対派なのにどうしてアイザイアが会っているのかわからないねもしかしたらアイザイアは大佐を説得して賛成派にするために会いに行ったのかもしれないけどそれにしても大佐がアイザイアを部屋に迎え入れたっていうのも不思議だしアイザイアが怒る理由もないよねオレ達としても賛成派が増えるのは嬉しいことなのにそれに…」
「今度はなげーよ!…とにかく、あれは絶対何かある。」
「それは分かるよ。」
「ったく、何なんだよ一体。」
バルザックはがしがしと頭を掻いた。
ザザルは興味が薄いようで、曖昧に相槌を打ちながら食事を続ける。

「それならメリがビッグな情報持ってるスよ!」
はろー!と元気よくメリッサが現れ、バルザックの隣に座った。
「うるせーのが来た…」
「大佐とミゴス隊長の事スね?!今女子の中でめちゃ噂になってるムよ~!」
「そうなんだ?」
「あの二人の逢瀬結構前から続いてムよ~。本部にミゴスが何度も行ってるって!」
「どんな噂だよ。」
「二人が付き合ってるって噂!」
「はぁ?!」
動揺のあまりバルザックはグラスを倒し、ザザルはコーヒーを気管に入れてむせた。
「ちょ、バルザッス何やってるムか~」
「いやいやいや、ちょっと待て、どうしてそういう結論になるんだ?!」
「え~だって大佐って前からゲイの噂ありムよ?」
「だからってなんでアイザイアが?!」
「だってホントに何度も会いに行ってるらしいし~夜でも行ってるらしいし~。」
「…その噂ってどのくらい広まってるの?」
「ム~、本部の子とメリの同期じゃ結構メジャー?」
「…うちの隊にはまだ広まってないかな?」
「だといいが…」
「別にゲイなんて珍しくないムよ?」
「そうだけど、アイザイアがそうと決まったわけじゃあないだろ。」

全くだ。バルザックも頷く。
偏見はない方だと思っていたが、あのアイザイアと大佐が触れ合ってると想像するのはなんだか気分が悪かった。
アイザイアの唇が大佐の名を呼び、アイザイアの肌に大佐の手が触れる?冗談じゃない。虫唾が走る。
それじゃあ、呼ばれるのが他の人間で、触れるのが他の人間だったら?
そこまで考えようとして、バルザックは我に返った。
一体自分は何を考えようとしてるんだ。
「メリッサ、そういう噂はあまり広げるものじゃないよ。」
ザザルが釘を刺す。
「噂は噂ムよ?ホントでもウソでもないし~。でも気をつけるス!」
メリッサはけろりと言い放って笑った。



「それで噂の真偽を僕に確かめに来たと?呆れた…」
あの後バルザックは、食事を終えてない二人を残して食堂を離れ、アイザイアを探した。
そして運よく、演習場の林でアイザイアを見つけ、噂の事を直接訪ねたのだ。
「本当か嘘かは本人に聞くのが一番だろ?」
「貴方には関係のない話だと言ったはずです。」
「いや関係あるだろ。隊の士気に関わる。」
「そんな事を言ってどうせ貴方の興味本位でしょう。」
「…それもあるな。」
「……」

アイザイアは腕を組み、少し考えた後大げさに溜め息をついた。
「そんな噂、事実無根です。本部の出入りが増えたのは本当ですが。」
「何のために?」
「攻略作戦に賛成して頂くための交渉を。」
「そういう交渉事はツェリスの担当じゃねぇのか?」
「勿論中佐の担当です。ですが大佐のように一筋縄ではいかない相手の場合は僕が個別に交渉しています。」
「それツェリスは知ってんのか?」
「知らないでしょうね。言ってませんし言う必要もありません。」

アイザイアはバルザックを一瞥し聞いた。
「他にご質問は?」
それは言外に「これで問答は終わりだ」と告げていたが、バルザックは無視して踏み込んだ質問をすることにした。
「その交渉、真っ当なやり方でやってるんだよな?」
「………」
「答えろよ。」
「…何を想像しているんですか。」
「相手が相手だからなぁ。」
「……失礼ですよ。」
「答えたくないならその体に聞くから上着を脱ぎな。跡の一つや二つあるだろ?」
「……体を使った交渉なんてしてません。口頭で、交渉してます。」

強く睨みつけてきた顔は、何かを隠そうとしているような後ろめたさを感じさせた。






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